またまたオーラの泉でのお話になりますが
小さい頃の子守唄が大事という話
どんなワルの不良になっても
小さい頃の母親の子守唄が染み付いてる子は
ギリギリのところで理性がはたらいて道を外さない、とのこと
ほんとうに大事なんだ、って 美輪さんが力説してました
なるほど。。。
私の場合は絵本です
ものすごく絵本です
母との小さい頃のことを思い出すとパッと絵本が浮かびます
私が思春期のころ
友達の部屋に遊びに行っても絵本を置いてる子はほとんどなく
でも私は一応本棚に飾ってて、よく驚かれました
絵本ってどうだろ?って思う反面、
捨てることはおろか、押入れにしまうこともできませんでした
だって、たいがいの絵本の最後に
三歳のおたんじょうびおめでとう いつまでもやさしい子でいてね五歳のおたんじょうびおめでとう ニコニコ○っちゃんへメリークリスマス 大好きな○っちゃんへなーんてサインが入ってる、、、泣
私には六つ上に兄がいて
断然写真の量も違うし、服も男の子のくせにいいもの着せられてた
親戚みんなに可愛がられてて
どっかで「どーせ私は、、、」みたいに冷めた子供になってました
でも、絵本に関しては私のほうが特別だったと思う(思いたい)
特に
ピクシー絵本これは本当に五感で憶えているのですが
私は母の職場の近くにある保育園に通ってました
帰りお迎えに来てもらうと
二人で二十人町から薄暗いガード下を通り仙台駅前にでて
今は無き東宝の一階にあった書店へと向かう
レジの脇に置いてある透明の丸い入れ物・・・
その中に入っていたのが
ピクシー絵本です
くじ引きみたいに手をつっこんで今日の一冊を選び買ってもらう
そして青葉通りのバス停から赤い宮交バスに乗り
酸素の薄い車内で我慢できずにパラパラながめる
ずっと働いてた母なので
家での思い出が少なかった分、
そういう二人っきりの時間が逆に浮き彫りになって
すごくスペシャルなフワ〜っとした心地よい記憶となってます
もちろん、ずっとそんな風に思い続けられたかというとそうではなく
中学・高校・就職時代は特に
自分一人で大きくなったみたいなふしがありました
いけないことも考えたし、いけないこともしました
部屋には並んでいたけどすっかり忘れられてる絵本のように
私の心もそういう気持ちを忘れてしまった時代がありました
でもちゃんと戻ってきました 私の心
必ず戻れるんですね、始点がはっきりしていれば
ダンナも
東京タワー読んでからしばらく経つのに
まぁだ引きずっててオロオロオロオロしています
彼もちゃんと戻れたから、心に響いたんでしょうね

これがその
ピクシー絵本です
ちゃんと大事にしております
今は息子ですが、上の子も全部私の膝の上で読んでやりました
もちろんピクシーに限らず、その他の絵本も現役選手です
子供たちも一度は巣立つでしょう
一度巣立ったらしばらく帰ってこないでしょう
でもきっと私たちのようにいつか戻ってきてくれると信じれば
なんとかこの子たちの思春期多感期にも挫けずがんばれそう
私たちの親がそうして待っていてくれたように。。。